バカカードとは

[バカカードとは]


●バカカードって何?

 バカカードというのは、私ども『日本バカカード協会』がかれこれ十余年も愛好し普及に努めている『勝ち負けのない造語遊び』、『徹夜明けの句会』のようなカードゲームです。
 もっとわかりやすく言うなら。だれでも経験があると思います。子供のころにやったはずの『5W1H』という遊び。ゲームの名称は地域でそれぞれだと思いますが、つまり『いつ』『どこで』『だれと』『だれが』『なにをした』を五人以上複数の人がてんでに紙に書き、この順番で組み合わせて奇妙な文を作って遊ぶというアレ。
 バカカードというのは、この遊びの発展形と考えればわかりやすいかも知れません。ただし一つの固定された文型にしばられてはいないので、ちょっと思考力を要するでしょう。けれど、そのぶん完成する文章・語句には無限の可能性があるのです。
 つまりプレイヤーの技量次第で爆笑必至、腹の皮がよじれて息もできないような『作品』が次々と誕生する可能性がある。そんな単純ながらも奥深く、ある意味危険を秘めたゲームだとも言えるでしょう。
 どうです。ちょっと興味がわいてきましたか?
 もっとバカカードを知りたい! と仰るあなたは、以下の『遊び方』や『歴史』を御覧ください――ようこそ、バカの世界へ!

●バカカード・その遊び方

生バカカード  カード自体は受験生ご愛用の単語カードに二つ三つの断片的な日本語の語句・フレーズを書いたもので、これらは事前に(つまりゲームをするたびに作るのではなく)用意しておきます。カード作製はちょっと手間ですが、一度作ってしまえば後々まで楽しめるので頑張りましょう。
 こうして完成したひとまとまりのカード群を『デッキ』と呼びます。
 さて完成したデッキをよく切って(ハサミで切らないように。トランプのようにシャッフルするのです)、テーブルもしくは床(ゲームを行う環境によりますね)の上に積みます。プレイヤーはこの『山』から4〜5枚を手に取り、各人、これらのカードに書かれた語句を使って楽しい言葉を作ります。
 ルールとしては、
(1)同じカードに書かれた複数の語句は、そのうち一つしか使えない。
(2)カードは二枚以上使う必要があるが、そのときの手札全部を使う必要はない。
(3)カードの語句には『は』『を』のような簡単な助詞、『です』『だった』『する』などの終助詞や動詞の活用語尾などを、一枚のカードにつき一つだけ補える。
(4)読みが同じであれば語句を違う意味で使っても良い。
(5)語句が漢字で、複数の読みがある場合はそのどれを使っても良い。
――というところが挙げられます。
 なお各プレイヤーが手に取るカードの枚数(上では4〜5枚と書きました)ですが、これは事前に、適当と思われる枚数をカードの制作者がデッキ毎に決めておきます。
 さて全員が作品を読み上げるか、諦めてカードを流す(捨てる)かした段階で、山から次の手札を取ります。略式ルールでは、終わった人からどんどん次の手札を取っていくことになります。山がなくなった時点で1セッション終了。
 ゲームと言っても勝敗はありません。あえて言うなら『他人を多く笑わせたほうが勝ち』。特に面白い作品は『書き物』として記録しておくべきでしょう。後々までも読み返して笑えます。

 なお日バ公式デッキには、次のようなものがあります。ご参考までに。
『元祖バカカード』……世界初のバカカード。映画のタイトルを作るもの。
『バカ諺』……ことわざを作るデッキ。
『バカ見出し』……新聞の見出し。
『バカ料理』……料理の名前を作るもの。
 ほか、数十種類が存在します。

●バカカードの歴史

 1995年に書いたものです。古くて申し訳ないです。
 あと、ちょっと長いです。読み飛ばしてくださってもかまいません。

 我々がバカカードとともにに歩んできた数年間は、その発展・改良の歴史であると同時に、まさに『復興』のために費やされた期間であった。なぜならば、我々がそれを発見したとき、バカカードは今にも歴史の闇に埋もれ消え去ろうとしていたからである。
 意外に思われるかも知れないが、バカカードの歴史は、予想以上に古い。その起源は実に四〇〇〇年以上昔のエジプト王朝にまで遡ることができるのである。
 古代エジプトにおいて、死とは新たなる生の始まりと考えられていた。当時のエジプト人が、死後の世界の、いわばガイドブックとして使用した『死者の書』によれば、死後、霊魂は二つに分かれる。ひとつは人の顔を持つ鳥のような姿で死者の国へと飛んでいく霊魂。そして今ひとつは、ミイラと共に墓に留まる霊魂だ……
 古代エジプト人たちは、死者の国へ行くほうの霊魂を「バー」と呼び、ミイラと共に留まるほうの霊魂を「カー」と呼んだ。
 この遊びにバカカードと命名した後、死者の書からこの記述を発見したときの我々の驚きをどのように表現したらいいのであろうか。「ある意味を持つ一個の存在(古代エジプトにおいては生命)が部分に分けられたとき、それは『バー』と『カー』と呼ばれる存在になる」この一点が、我々の心を揺さぶり、我々が魅了して止まないバカカードとの数千年に及ぶ深いつながりを示唆したのである。
 すなわち、「分かれた二つの部分を再び合わせ、別の意味を作ったとき、それは『バーカー』になる」……と。
 さらには、「バー」と「カー」が霊魂であることは、日本に古くからある言魂(言葉に宿る不思議な力。人を笑わせたりできる)との関連も考えられる。エジプト語と日本語に共通の意味を持つ単語が存在することからもこれは明らかであり、どちらもバカカードとは切っても切れない存在と言えよう。
 当時のエジプトでは神聖なる存在であったバカカード……しかしながらその後エジプトの流れを汲むバカカードの原型(エジプトバカ)は、ヨーロッパに渡ってタロットとなり(タロットは更に堕落の一途をたどり、トランプとなるが、わずかに幾つかのゲームのルール上においてバカカードの名残を感じさせている)、また魂の順序を入れ替えることにより「カバラ」の秘術としても発展したが、こうしたエジプトバカの子孫たちは、いずれもバカカードの真髄から遠く離れた存在へと成り果てていったのである。
 さて、我々がバカカードを復興するに至った直接の原因は、現代に生き残る『エジプトバカ』の微かな流れを発見したことに端を発している。 それは「バイオレンスノベルポーカー」と呼ばれるカードゲームを紹介した一冊の書物であった。
 バイオレンスノベルポーカーとは、漢字一文字を書いたカードを配って「超人卍園長」「丸腰毒虫君」のように熟語を作成する遊びで、配り方やカード交換までが、その名のとおりトランプのポーカーと同様であった。この点において「堕落したエジプトバカ(=トランプ)」の影響を多大に受けてはいるものの、このバイオレンスノベルポーカーこそが、我々の復興活動以前の段階において最も濃く「バーカー」の流れを残す存在だったのである。
 我々は、バイオレンスノベルポーカーのカードを自作し(カードは内藤芳久が作成した)、この遊びを丹念に繰り返しては、呆れるほどの時間を研究に費やした。結果、我々は一つの結論を得るに至ったのである。「これには、より正しい遊び方が存在するに違いない」……と。
 東方史彦(後の蒼龍)が、現在『元祖』の名で知られる最初のバカカード(エジプトバカとの区別を強調する場合は、現代の方を『ルネサンスバカ』と称することもある)を作ったのは、今(1995年)から七年ほど前のことである。彼が実物を公開し、我々が試験的にタグってみた(無論『タグる』という用語すらなかった時代の話である)記念すべき場所は、長野県松本市の「万両」というラーメン屋で、注文した料理を待っている短い時間のことだった。このときできた、記念すべき最初の作品が、新川春城「魔法のバカボレロ」である。今ならば、どうということもない水準程度の作品ではあるが、当時の我々は、いわばバカカード初体験であり、それはまさに強烈な刺激であった。店内で笑いを堪えて息が苦しくなり、全員がエビのように背中を折り曲げて体を痙攣させるほどに。
 また、これをバカカードと命名したのは、池淵である。彼はエジプト文化に造詣が深く、ヒエログリフにも詳しかったことから、既にバイオレンスノベルポーカーの研究を続けていた時代から、この遊びのことを『バカ漢字』と呼んでいたほどであった。その研究成果によってできた『元祖』が、彼によって「バカカード」と命名されるまでにさほどの時間は要しなかった。
 この後は、バカカードに新たな遊びが可能であることを発見し、私たち(伊豆平成)が内藤と共に成立させたバカ物語へと続くわけだが、それはまたいずれの機会に譲ることとする。


1995.6.23 伊豆平成1号


●日本バカカード協会について

日バ・トレードマーク  本日はこんなバカなページにまでおこしいただき、誠にありがとうございます。
 拙者、日本バカカード協会会長の、伊豆平成1号と申します。
 さて、 「日バ」とは、バカカードを世に広め、傑作を記録・批評し、バカカードをやって死ぬほど笑うための会です。
 私どもの言うところの「バカ」は関西では「アホ」のニュアンスを持っているらしいので、関西の方でどうもしっくりこないという方は「アホカード」とでもお考えくだされば幸いです。
 現在、「日バ」では、バカカードの量産、パソコン版ソフトの製作なども進行中です。とはいえ主な活動は、この場での傑作選の紹介ぐらいのものなのですが。
 まあ、ゆくゆくは会員を増やし、インターネット上で句会のようなことをしたいなあと考えております……。

●新世紀にあたっての会長挨拶

カードデッキ  会員の皆様、あけましておめでとうございます。
 二十一世紀など遙か彼方の未来に思えていたものです(バカなだけに、なおさらです)。
 日バ発足当初の未来像といえば、「バカカードが電脳化される」、「バカカードの内容が現実化して、社会現象となる」、「とにかくみんなバカになる」、「バカ物語が小説化・映画化される」、「銀色のピッタリした服を着てバカカードをやるようになる」、「日バが危険団体としてマークされる」等々、どれも荒唐無稽なものばかりでありました。
 ところが、実際に新世紀を迎えてみますと、これらの空想の中で実現したものも数多くあって、驚かされます。
 このたび、「空想科学インド人」氏と、「消され猿もの」氏(アイウエオ順)、両名の御尽力により、こうして素晴らしい公式サイトもできました。
 二十一世紀を迎えた日バは、より一層、バカに磨きをかけていけるものと信じております。

 さしあたって、今後の展望といたしましては……
  • 会員の増加(バカカードの普及)
  • 句会の定期化
  • 電脳バカ物語
 などが挙げられると思います。なお、句会の定期化に関しては、「府中の旅」において、早速、真剣に討議したいものと思っております。

(追記:はじめての方、非会員の方へ)

 日バは、こんな調子のふざけた会であります。
 作品を送ってくだされば、その瞬間から、あなたも会員です。
 なにかのついでに当サイトを見かけた方も、気軽に参加してくださいませ。
 ガンガンとバカを続けて雅号を取得しますと、「みんなから変な名前で呼ばれる快感」を味わうことができますので、ハマってみるのもよいかと思います。



トップページへ戻る